vol.650 バーチャルウォーターとは?
牛丼一杯にお風呂10杯の“見えない水”の話

column

2days ago

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「今日、あなたが使った水の量はどれくらいですか?」と聞かれたら、多くの人は朝の洗顔やシャワー、あるいは炊事や洗濯に使った水の量を思い浮かべるでしょう。

東京都水道局のデータによれば、日本人が1日に使う生活用水は約214リットル(令和4年度)です。しかし、実はこの数字は、私たちが実際に消費している水のほんの一部に過ぎません。

例えば、お昼に食べた一杯の「牛丼」を想像してみてください。
そこに使われている牛肉や米、玉ねぎを育てるために、どれほどの水が必要だったか考えたことはあるでしょうか。環境省の試算によれば、牛丼一杯を作る過程で消費される水の量は、なんと約2,000リットルに達します。一般的な家庭用浴槽は約200リットルとされているため、牛丼一杯を食べることは、お風呂10杯分もの水を消費しているのと同義なのです。

このように、食料や工業製品を生産する過程で消費される水のことを「バーチャルウォーター(仮想水)」と呼びます。

バーチャルウォーター(仮想水)とは何か

バーチャルウォーターとは、食料や製品を生産する際に使われた水の総量を指す言葉です。
例えば、海外で生産された小麦や牛肉を日本が輸入した場合、その生産に使われた水も間接的に輸入していると考えます。

この概念は、1990年代初頭にイギリスの地理学者アンソニー・アラン教授(John Anthony Allan)によって提唱されました。水不足に悩む国々が、水集約的な農産物を自国で生産する代わりに輸入することで、実質的に「水」を輸入し、自国の限られた水資源を節約しているという国際貿易の構造を可視化したものです。

私たちは、スーパーで並んでいる輸入肉や野菜を見るとき、その重量や価格には注目しますが、その背後に流れる「水」の存在を意識することは稀です。
しかし、農作物を育てるには灌漑用水が必要であり、家畜を育てるには膨大な飲み水と、それ以上に膨大な「飼料となる穀物」を育てるための水が必要です。

バーチャルウォーターという視点を持つことで、私たちは初めて、国境を越えた水資源のダイナミックな移動を理解できるようになります。

食べ物や製品に使われる水の量

バーチャルウォーターの特徴は、私たちが想像する以上に多くの水が使われている点です。

例えば、一般的に次のような目安が知られています。
・牛肉1kgを生産するのに15,000〜20,000リットルの水
・豚肉1kgを生産するのに約5,900リットルの水
・コーヒー1杯で約140リットルの水
・お米1杯分で数百リットルの水
・綿のTシャツ1枚で約2,700リットルの水

特筆すべきは畜産物の数値です。牛肉1kgを得るためには、その牛が食べる大量のトウモロコシや牧草を育てるための水が必要なため、穀物の20倍近い水が必要となります。

※数値は生産地や手法により変動しますが、環境省等の公表データを参考にしています。

日本が抱える「水のリスク」と矛盾

日本は島国であり、雨や雪に恵まれた「水資源が豊かな国」というイメージを持たれがちです。しかし実態は、食料自給率(カロリーベース)が38%程度(令和5年度)にとどまっており、大量のバーチャルウォーターを海外から「輸入」している、世界最大級の水依存国です。

東京大学の沖大幹教授らの研究グループによる推計では、日本は年間約800億立方メートルものバーチャルウォーターを海外から輸入しているとされています。これは日本国内で使用される年間生活用水の数倍に匹敵する規模です。つまり、私たちは自国の水を使わずに済んでいる一方で、輸出元であるアメリカ、オーストラリア、中国、ブラジルといった国々の水資源を消費していることになります。

ここに大きなリスクが潜んでいます。もし輸入先の国々で深刻な干ばつや気候変動による水不足が発生すれば、それは即座に日本の食料供給の停止や価格高騰に直結します。「水が豊かだから大丈夫」という神話は、あくまで日本の物理的な国土の話であり、私たちの「生活の維持」という観点で見れば、非常に危ういバランスの上に立っているのです。

バーチャルウォーターが示す世界の水問題

世界では現在、人口の増加や気候変動の影響により、水資源の不足が課題となっています。特に乾燥地域では、農業用水の確保が難しくなるケースもあります。

その一方で、先進国の消費を支えるために、水資源の限られた地域で大量の農産物が生産されていることもあります。バーチャルウォーターの概念は、こうした世界の水資源の偏りや、消費と環境の関係を理解するヒントになるといわれています。

私たちが普段何気なく選んでいる食品や製品が、遠く離れた地域の水資源とつながっている可能性もあるのです。

私たちにできること

この現実に直面したとき、私たちは何をすべきでしょうか。まず最も効果的で身近なアクションは、「フードロスの削減」です。
食べ物を捨てることは、その生産に使われた数千リットルもの水資源を無駄にしてしまうことにもつながります。冷蔵庫の中で期限を切らした肉、食べ残した野菜。それら一つひとつに、遠く離れた土地の川や地下水が凝縮されているという想像力を持つことが重要です。

次に、「地産地消」の推進です。国内産の農産物を選ぶことは、輸送エネルギー(フードマイレージ)を減らすだけでなく、日本の水循環の中で完結する持続可能な消費に繋がります。
また、昨今では「ウォーターフットプリント(製品の全工程での水消費量)」を公開する企業も増えています。環境負荷の低い企業努力を支持することも、消費者の力強い一歩となります。

バーチャルウォーターという概念は、私たちに「つながり」を教えてくれます。今日食べたハンバーガーが、遠いブラジルの熱帯雨林やアメリカの中西部の地下水と繋がっている。そう認識したとき、環境問題はもはやどこか遠い国の出来事ではなくなります。

蛇口をひねれば、いつでも清潔な水が出る日本。

その恵みに感謝しながら、目に見えない「仮想の水」にも思いを馳せること。
そんな小さな意識の変化が、世界の水資源を守り、次世代へと豊かな地球をつないでいくための確かな一歩になるのかもしれません。

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